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2016-01-17 | ブログ

大般若法会

「大般若法会」読めますか?

「だいはんにゃほうえ」と読みます。

仏教の言葉とか、意味とか難しいものが多いですね。

特に、勤め人でふだんお寺との関わりが薄い若い世代にとって、仏教はとてもわかりにくいものだと思います。

お寺に行って、坊さんが南無南無拝むのは、いったい何をしているのだろう?何の意味があるのだろう?とよく聞かれます。

そんなことを言うヤツは、知識がない、常識が無い、と思われるかもしれませんが、かく言う私がそうでしたので、何も恥ずかしいことはないと思います。当たり前の疑問です。

なので、当時の私でもわかるように簡単に説明すると、読経は経典に書かれている仏様の教えを、修行した僧侶が声を上げて唱えることで、仏様による直接の説法となり有り難い御利益を授かる、という意味があります。たとえ、その意味がわからなくても(日本語では無いことがほとんどなのでわからなくて当然です)、聞くだけで十分意味があると。

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これだけ聞いて「なるほどそうなのか!わかった!!」となった人は、極めて珍しい感覚の持ち主だと思います。

「ふーんそうなん・・・あたしには関係ないわ」、というのが普通の感覚でしょう。

なぜなら心が開かれず、求めていない状態では、何か新しいことが入ったり、変化する余地など無いからです。

人が感動するときは、よほど心が動いている状態で、外的要因によってそれを起こす場合は、よほどの衝撃を与えねばなりません。

お坊さんの話が面白くて、ためになったわー、有り難かったわーと思う人は、既に自分がそれを求め、心を解放しれている状態だからです。

心が固く閉ざされている人に対して、大きな外的衝撃となり得るものは、やはり体験を通して得たものだと思います。

頭ではなく、身体で感じるわかりやすさは、よりダイレクトに入ってきやすいので、私が歩き遍路が好きなのもその理由の一つです。小難しいことを言わなくても、体験を通して、参拝することの意味であるとか、読経することの気持ち良さであるとか、仏の教えに通じる入口が広く開かれています。

お遍路した先の札所で護摩祈祷をするのも、そうした体感のわかりやすさを求めるからですね。護摩は、火を焚いて祈りを捧げる特別な空間を作り出すことで、被験者を完全に日常から切り離し、シラフではいられない強い外的衝撃を与えてくれます。

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作法は違いますが、大般若もそうした体験を通してわかりやすい祈りの一つです。

 

そう、今回は大般若の話です。

毎度、前置きが非常に長くなるのは、私がくどい人間である、というのも否めませんが、ちゃんと理解するためには、前提を押さえておかないとミスリードしてもったいない、と思う老婆心からです。

大般若法会は、略して大般若と呼ばれます。

大般若をざっくり説明すると、(ふだん大人しい)僧侶が大声で

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「だーいはんにゃぁぁぁぁぁ!!!」

と叫びながら、経典をバラバラと大きく広げて読み、読み終わると机やら畳やらにバンッ!と叩きつけて(経典が傷むのでしない人や宗派もあり)、次の巻を読むという流れです。

その経典をバラバラと流し読みするのを転読(てんどく)と言い、それによって起こる風は「般若の梵風(ぼんぷう)」と呼ばれ、受けると般若菩薩の功徳があるとされます。

予備知識がなく、その場にいたらビックリすると思います。大般若経典は600巻もあるので、全部転読するには相当な数の僧侶が必要です。独りですることはまずありません。大人数で行うから大音響になり、ビックリします。

そして、大きな経典で、肩や背中を叩かれて仏様の力を授かります。

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どうですか?わかりやすいでしょう。

 

大般若はエネルギッシュで、直接的なお勤めなので、誰にとっても刺激的です。

恐いもの見たさで見学だけしに来た人も、叩いてもらえるなら叩いてもらいたい、という心理が働くと思います。

仏教やお寺に馴染みのない人には、本来の意味とか、まずはこうあるべきとか、そういう座学はまず置いておいて、見てわかりやすい&体感できる祈りが効果的なので、そういう活動こそ多めにやっていきたいです。

幸い、15日に、片城地区(近所)の極楽寺さんが、御日待ちの法会として大般若をしてくれたので、出仕して叫ぶ機会に恵まれました。

30代、40代の若手のお寺さんばかりが、10人集まって大合唱したので、聞いてる方もやっている方も、気持ち良かったと思います。私は気持ち良かったです。

小豆島という田舎の離島ですが、高野山や善通寺で本格的な修行をされた坊さんばかりだったので、練り込まれた声がピターッと合って、本山にも負けないとても良い法会になったと思います。

ウチの檀家さんにも、味わってもらう機会をいずれは作りたいなと思った大般若でした。

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2016-01-16 | ブログ

御日待ち

みなさんの住んでいる地域に御日待ちという行事はあるでしょうか。

御日待ちは「おひまち」と読み、文字通り日=太陽を待つ行事です。

小豆島の場合、その多くは14日の日没から15日の日没までの「小正月」にかけて行います。

元旦から15日までは、正月の松飾り(門松など)を飾っておく「松の内」にあたり、その15日を境に、正月が明け、日常に戻るというタイミングになります。「小正月」も「松の内」も正月の区切りという点では同じですね。

なので、御日待ちはそうした一年のスタートの朝日を皆で夜通し迎えて、本格的な活動を始めるターニングポイントだとされてきました。

小豆島ではありませんw

小豆島ではありませんw

「されてきました」という書き方をしてますが、常光寺のその近隣では、現役バリバリの考え方です。ただ、全国的には風化しつつある気がします。

その一番の理由は、15日が成人の日ではなくなったことです。

先ほどの背景を踏まえると、成人式も新しい門出となる境目なので、正月が終わり、その年が本格的に始まる15日が相応しいわけです。11日に荒神社で行われた「とんど」も15日にするのがそれまでの風習で、松の内が終わる日に正月飾りを燃やすのは、非常に理に適っている話なのです。

こうした歴史的な理由を無視して、慣習を現代人の都合に合わせることを平気でやってしまう世の流れには、大きな反論を唱えたいですね。私たちの祖先が何を大切にし、残してきたか、その足跡を消す行為の積み重ねが、祖国に対するアイデンティティを失わせ、自分たちを客観的にとらえられなくなっている主因だと気づかねばなりません。(この話は、また後日掘り下げて書きたいと思います)

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話が大きく脱線しました。

今日は、御日待ちの話です。

御日待ちはお寺の行事で、日天(にってん)と呼ばれる太陽を司る仏様をお奉りし、お勤めをします。

日天

日天

お勤めの仕方は、お寺によってさまざまですが、常光寺の場合は、日天さまの前で護摩祈祷を行って、家内安全や身体健康、先祖供養をお祈りします。檀家の皆さんが大勢やって来て、護摩堂に15人ずつくらい入って、順繰りに読経・礼拝します。それが、終わって本堂でまたお勤め、住職が法話をした後、懇親の宴を行うのが通例です。

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今年も例年通りの流れでした。

正月の陽気は何とやらで、寒い寒い夜の行事は、年配の檀家さんには堪えます。それでも、みなさん足を運んでくれるのは有り難い。その目的の大部分は懇親会のビンゴ大会の景品にあるのかもしれませんが(笑)

ビンゴの景品には誰もが喜ぶお米が出てきます。10kg、5kg、2kgたくさん当たります。ハズレといっても佃煮やうどんつゆが数点入った袋がもらえるので、実質ハズレ無しです。

ビンゴ大会の景品の数々

ビンゴ大会の景品の数々

檀家さんがお寺に来られると、自ずとお供えを持ってきてくれる人が多いのですが、常光寺の御日待ちには、晩ご飯を食べに来るついでに、仏様に1年の安泰を祈願できて、景品を持って帰れるという、寺からいつもお世話になっている檀家のみなさんへ御礼の想いを形にした行事なので、たくさんの方に参加していただきたいな、と思っています。

酒が入って、よそよそしい空気もなくなって、「お寺はもっとこうせなアカンで!」と忌憚ない意見をくれるのは有り難いし、「最近どうよ?」ってのをゆっくり膝をつき合わせて話せるのも、貴重な機会です。

毎年行われる恒例の行事ですが、それが今年もできたっていうのは、嬉しいことですね。

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2016-01-15 | ブログ, 法話

僧呂とシステムエンジニアの共通点

自己紹介で、私の前職がシステムエンジニア(以下SE)ということを書きました。

続・続自己紹介

僧呂とSE。一見何の関連性もないような仕事ですが、実は共通点がたくさんあるよ、というエントリーです。

昔家にあったサーバー

昔家にあったサーバー

坊主になる前から、小豆島は、都市部にくらべあれやこれやのインフラが整備されていないことが多いと思ったので、コンピューターの知識は役に立つだろうな、と予想していました。

結果は予想通りで、専門的なことでなくても、ネット通販の仕方、ヤフオクなど個人売買のノウハウ、海外個人輸入の経験をはじめ、チラシ・年賀状などのビジュアライズな紙媒体からビジネス文書・案内状等のお堅い紙媒体の作成、家庭内LANのストレージやプリンタの共有に、デジカメ・ICレコーダー・スマホ等のガジェットの知識に至るまで、日々の生活で役立つことは目白押しです。

そもそも、社会人経験がなければ難儀したであろう、メール、電話応対、或いはいろんなタイプとの人付き合いといった一般常識も当たり前に役立ってます。

常光寺や碁石山のWebサイトもなかったので、昔取った杵柄で作りました。

 

レンタルサーバーの引っ越しから得たもの

昨年の話。Webサイトのレンタルサーバーを引っ越しして、Webサイトをリニューアルしました。

はじめ常光寺のWebサイトは、小豆島に来てから、レンタルサーバーを契約し、iWeb(Appleが昔作っていたホームページ作成ソフト)で6年前に作ったものでした。しかし、この長らく運用していたレンタルサーバーから「11月末でサービスを終了するので、各自移行作業をしてください」という通知が8月末に来ました。

利用していたのはサーバーカウボーイという激安のサーバーサービスで、電話窓口はなく、トラブルシューティングのメール問合せもレスポンスが遅い、安かろう悪かろうの業者でした。

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しかし、そんなサービスの中に、「常光寺のWebサイト」と、「歩き遍路通信てくてく」という歩き遍路情報Webマガジンのデータをすべて放り込んでいたので、困りました。それぞれ独自ドメインも取得してサーバーカウボーイで管理していたので、その移行もしなければなりません。

調べると、私と同様にサーバーサービスの引っ越しを余儀なくされた難民が

「8万円かけてサーバー移行をしました」

とかブログで報告しているのを見ました。

おいおい、マジかよ・・・です。

とりあえず、サーバーカウボーイに、データ移行の基本的なやり方を問い合わせましたが・・・梨のつぶて。

覚悟を決めて、データベースやら、WordPressの仕様やらを調べて、こんな感じかな、オラオラ!と2〜3日かけて、ガッツリやったら、完璧に移行を完了することができました。

もうすっかり風化した化石電脳でしたが、何とかなるものです。

40歳という区切りを前にして、この壁を突破できたのは自分にとっては大きかったように思います。

思い返すと大した壁ではなかったのですが、自分が心底やりたくなくて、向き合いたくない問題に、真正面から向き合って思うようにできた、というのはやはり大きなことでした。

お金をケチらず有料業者と契約していれば、やらなくてよかったはずの面倒な作業ですが、そのお陰で今一度デジタル脳と向き合うきっかけをもらいました。自分の取り柄、武器、埃をかぶっていたソレに今一度光をあてて、磨いていくことを忘れてはいけないなぁ、と改めて。

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一生勉強

SEにしろ、僧呂にしろ、知らない知識を勉強することによって取得し、できる技術を増やして、やりたいことをやる。という基本スタンスはまったく同じです。

それが、SEは最新のものに限るが、僧呂の場合は新しいものだけでなく、過去の文献も対象になる、というだけの違いです。

人が進歩を止めない限り、新しい技術はどんどん出てくるので、ITに携わる人間なら、逐一それに反応して、興味をもって、調べて、買って、試して、把握する姿勢が求められます。そしてそれは生涯続きます。一生勉強です。

同様に、僧呂も「俺、勉強しまくったし、なんでもわかるし、悟った!」というようなものではありません。それを口にする坊主はすべからく生臭(なまぐさ)です。

一生勉強。教義を理論的に研究する教相(きょうそう)と、身体を使った修行など実践的な事相(じそう)のいずれの分野でも、これで十分!という限界はありません。一つの真理のようなものに行き着いたら、「本当にそうか?」と問い直して再構築していくのが坊さんの素養です。

修業時代に、師僧が言ってた言葉を思い出します。

「下座(げざ)って何や?」

下座とは、広い意味では掃除のことなのですが、坊主がわざわざ下座というには、単なるものを片付け綺麗に整頓する、だけでなく掃除を通した修行の一つとなります。下座行という言い方をします。

仏さまに対するお勤めといえば、読経することがまず思い浮かぶと思いますが、それだけが、仏に帰依する行いではなく、身体を使った下座行や五体投地のような礼拝行も同じくお勤めの一つです。

上の質問に私は即座に答えられなかったので、

「わかりません」

と言いました。すると

「そうか。わかったら言いに来い」

と宿題になりました。何が求められている答えなんだろう?と数日考えて答えに行きました。

「この世の全てのものは大日如来の変わり身なので、下座行で床や柱を拭いて磨くことは、仏さまを磨くということではないでしょうか」

この答えには、真言密教の教えで、この世の全ての物質は大日如来が変化した姿で、もとは同じであり、変化しないものはなく、今見えているのは仮の姿である、という前提があります。(このことは後日詳述)

これに対する師僧の返答は

「そうか。もっと考えろ」

でした。

正直、正しい答えなんてあるのか〜?と思いましたが、またしばらく考えているうちに、あぁこれは考え続けることが大事なのであって、一つの解に行き着いたとしても、それに執着してとらわれていけない。世の中の事象は立場や見方によって、姿・形・役割・存在理由がさまざま変わっていくのだから当然だ、と気づきました。

果たしてその解釈が求められる質問の回答が否かは、それ以後は返答しに行かなかったのでわかりません。でも、学校教育や職場で、問題には正解というものがあり、それは不変である!という刷り込みに慣らされていた自分には大きな気づきでした。

人間関係を考えたら正解なんてないのに、それを教えないから子供たちは悩み苦しむのに、学校はそうだよな、職場もそうだよな、と昔を思い出しました。

SEの仕事はデジタルな1か0かの世界のことが大半なので、正解のない問いに思い悩むことは少ないですが、一生勉強で、その姿勢を忘れてしまったら、必要とされなくなるのは僧呂と同じです。

IT分野の仕事も決して嫌いな仕事ではなかったので、その世界にどっぷり浸かって楽しんでいた自分には、僧呂の仕事も向いているのかもしれません。わからないこと、知らないことだらけなので、できなかったことができる喜びを感じながらやっていきたいですね。

サラリーマン時代の私

サラリーマン時代の私

 

2016-01-14 | ブログ

続・続自己紹介

自己紹介の続きです。

前回(続・自己紹介)

前々回(あらためて自己紹介)

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人生何事も無駄なものは無い

と言われます。

僧侶になる前は、システムエンジニア(以下SE)というコンピューターを専門にする仕事をしていました。

お経、袈裟、数珠、坊主頭、衣、寺、信仰・・・

ノートパソコン、ハードディスク、プログラミング、システム開発、サーバー、データセンター・・・

思いつく単語を並べても、共通点は少なそうで、潰しが利かない転業の代表のように思われます。

しかし、似ていることや補い合えることもいっぱいあって、僧呂とSEの組み合わせは最強なのではないか、とすら感じています。(細かくは後日書きます

専門的なことでなくても、ネット通販の選び方、ヤフオクなど個人売買のノウハウ、海外個人輸入の経験など、日々の生活で役立つことは、SE時代に息を吸うように行っていた何でも無い所作です。

昨年レンタルサーバーを引っ越した時も、業者に高額な金を払って移行作業を依頼せずともできましたし、いろんな面で節約につながっています。

で、そのレンタルサーバーの引っ越し、ブログの新設を行った際に、40を迎える自分がこれからどう生きていくか、ということを考えました。

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40歳を前に自分がこれからどう生きていくか考えた

どうしてそのタイミングかと言うと・・・

過去のWebサイトやブログは正直ほったらかしで、そこに時間も労力もかける気がありませんでした。疎かにしようと思って作ったわけではなかったのですが、他のことの優先順位に比べて明らかに低かった。しかし、あえてリニューアルするからには、そこにしっかりウェイトを置いて、やっていかないとそれこそ無駄でしかないと思ったからです。

だから、これまで培ってきたデジタルな自分と、僧呂としての小豆島で生きるアナログな自分の立ち位置について、改めて考えました。

まぁ、デジタルな自分といっても、Webサイトの管理とブログの更新をどうするか、ってのがほぼ全てですが、ブログに関しては、碁石山と常光寺と歩き遍路通信てくてくと小豆島クリエイティブという4つを管理していて、常光寺は妻に委ねているので、実質は3つ。しかし、そのどれも疎かになってます。

仕事があり、子育てがあり、地域の活動があり、僧呂以外の会や活動があり、写真や動画などの趣味があり、それで手一杯。と決めてかかっていたのですが、本当にそうなのか?と。

仕事とプライベートと趣味。それらをどうバランスとって、何をあきらめ何を選ぶか?という発想にとらわれていました。

考えれば考えるほど・・・

つまらん

やりたいなら全部やったらええやん。やっていくうちに、続かないものはやりたくないことだろうと割り切ることにします。

自己満足の陶酔だったら、やりたい、やりたくないの前に、やめておいた方がいいと思うけど、必要だけど他にやる人がいないこと。自分がやればその需要に応えられ、人の役に立てることならやる価値はあるだろうと思います。

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欲深さを否定しない

要は欲深いのだろうと思います。

欲深いヤツ=煩悩の塊=坊さんの真逆にある者

というのが一般常識です。その点からすると一番まずいヤツです。

でも、その欲深さが、自分の中で完結していなければいいのではないか。

欲は欲でも一番良くない欲のことを我欲(がよく)と呼び、これは即ち煩悩と同義でしょう。別名、私利私欲ですね。

逆に欲の中でも大欲(たいよく)と呼ばれる、悟りを求める心は、仏教では否定されません。すなわち欲=悪ではないわけです。

とは言え、人間我欲を捨て去ることはとても難しい。我欲の中には子孫を残したいとか、食欲や睡眠欲、生理的な欲まで含むわけなので、人間の存在理由に抗う側面も持ちます。

なので、私のような未熟者は、他人の需要に自己の欲をくっつけて実現してしまおうと考えました。自己完結な欲が我欲であれば、誰かと共有できる欲にしよう!ということです。自分以外の少なくとも一人がハッピーにならない欲は捨てる。

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いろんな活動の原動力

移住者と地域をつなぐ活動をライフワークとして行っています。

もともと私も大阪から移住してきた身で、苦労してきたことが多々あったので、移住者に関する需要のいくつかを誰もケアしていないことを経験して知っていました。

それを誰もやらないので、自分が奉仕としてやってあげよう!と言うわけではなく・・・小豆島に面白い人が増えて欲しい。その面白い連中と真っ先に知り合いになれたら嬉しい。教えてもらえることも多いだろうし、その家族がウチの妻や子供と仲良くなってくれたらもの凄く嬉しいし、子供の数が増えるだけでも嬉しい。

情けは人のためならず。その人が地域の一員になって、地元を豊かにしてくれたら、巡り巡って間違いなく自分に返ってくる。田舎はそれが特にわかりやすいのでやり甲斐があります。

自己犠牲の精神で「やってあげる」意識だと、疲れるし、お金もらわんとやってられんわー!と長続きしないのが目に見えている。何事も自分事にしないと、無責任だし、楽しくありません。

この考え方は自分のベースにあって、いろんな活動の原動力になっています。

究極はすべて自分ごと。それをしっかり認識した上で、自分のためなんだけど、他人の喜びや需要と共存していることが大事。人は人に認められたり、評価されることが一番心の反応が大きいのだから、自分ごとをやって自己完結するよりも、他の人も喜んでくれたら尚嬉しいわけです。要はその快感の虜になってしまったのかもしれませんが、その欲を否定せず、ちょっとはマシな方向へ導いてやらないと逆にストレスになるし、卑しくもあります。

30代になって、坊主になって、自分にスポットが当たらなくても、多少の持ち出しや協賛という名の物品の提供が発生したとしても、家に帰って淹れ立てのコーヒーをすすりながら、人知れず「ヨシッ!」と喜べる夜を過ごせるおっさんになってきました。40代に突入しても、しばらくはそんな感じであれたらいいな、と思います。

 

3回にわたってお届けした自己紹介(なのか?!)シリーズも今回で終わりです。

久しぶりに自己を振り返って書くというのは、恥ずかしいようで、自己分析にもなっていいですね。というか、文字に書き起こす効果を早くも感じ始めています。

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2016-01-11 | ブログ

とんど

今朝はとんどがありました。

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とんどとは、正月の注連飾りや門松を燃やし、その灰で餅や芋を食べ、無病息災を祈願する恒例の行事です。

大阪ではとんと聞いたことの無かった行事ですが、小豆島をはじめとする地方では昔から行われている行事です。

もちろん、私の実家がある大阪の箕面でも昔は行われていたのかもしれません。

小豆島においても、廃れてしまった地区は多いのですが、私の住んでいる地域周辺は、毎年しっかり行われています。

常光寺のある小豆島町の苗羽地区では、さらに空条と向条・下条の2箇所で行われています。歩いて行ける距離内で別々にやっているので、一緒にやればいいのに、と思わないでもないです。しかし、そんな気配は無いのがある意味元気で頼もしいですね。

空条地区は常光寺裏の荒神社で朝6時から開始です。地区によっては、夕方やったり、同じ日にしないところもあるので、その辺は各々の慣習行事ゆえの独自性があります。この辺は夏祭りも同じ。

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まっすぐシャンと立つ松を中心に、たくさんの竹を切り倒して、立派な壇をこさえます。竹は葉の残っているものがいいので、元気なものを使いますが、間伐材も入れられるので、とんどのために、周辺の竹林が整備される一助にもなっているのでしょうね。そして、正月の注連飾りや神社やお寺で授かったお札や破魔矢のようなものまで、くくられて燃やされます。

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燃やし始めると、竹が交じっているので、パンパンと轟音がなり、天高く大きな火が立ちました。毎年見てますが、轟々と凄い火力で、飽きること無く見入ってしまいます。

朝早い行事ですが、子供たちもたくさん参加して、食い入るように火を眺めます。

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火が落ち着いたら、今度はたくさんのトロ箱が投げ入れられ処分されます。このトロ箱を入れるのは、空条のとんどに限ったことだと思うのですが、どこからやってきた箱か聞くのを忘れました。でも毎年用意されていますね。

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そして、火が落ち着いたら、お待ちかねの餅焼きタイムです。

とんどの火で焼いた餅を食べることが、この行事の一番大事なところでもあるので、みなさん思い思いの道具と、餅を持参し今か今かと待っています。独りが始めると一斉に、ポジション取り。しかし、まだ猛烈に熱い。

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焼き上がる頃になると、子ども会で用意されたぜんざい汁とお椀がおせったいで配られ、お汁粉にしていただきます。こどもたちはがっついて、口のまわりが髭もじゃに(笑)。

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燃えて、飛んでいった灰をかぶるとまた良い、とされるのですが、とんどを行う荒神社は、常光寺のすぐ裏にあるので、たくさんの灰がお寺に降り注ぎます。掃除もさることながら、寺犬のハルサメが一番朝から爆音に悩まされ、灰が水の器に入って困っている様子でした。

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近所の人が大勢集まってくるので、その時に年始の挨拶をしたり、世間話をしたり、餅を食べながら、ゆるやかな心地良い時間だなぁと感じます。前日準備は、年始のお遍路さんの団体があるので、なかなか参加できませんが、いつまでも続いて欲しい行事だと思います。

正月は松の内(小豆島では15日)まで。と言われますが、とんどで正月飾りや、鏡餅を見なくなるので、とんどが終わると、正月気分も抜けます。

 

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2016-01-10 | ブログ

地産地消の本当の意味

今年は松ぼっくりのアタリ年なのでしょうか?

大きく見事なものがゴロゴロ。見上げればまだまだ一杯落ちてきそうな予備軍がたくさん控えています。毎年こんなにたくさんあったかな?暖冬のせいかもしれません。

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碁石山にいたる林道(車道)の途中にある大王松

正月が近年稀にみる温かさだったので、異常気象だ!と各地でいろんな影響が出ているようですが、そのお陰は悪いことばかりに作用してはいないようです。

まず、今年のミカンはめちゃくちゃ甘くて美味しかった。しかもたくさん採れて、たくさんいただきました。その辺のミカン畑のほったらかしミカンが、高級なハウスミカンより美味しかったのは、暖冬のお陰ですね。

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仏教の考え方で、物事にしても、物質そのものにしても、たった一つで完結しているものはありません。

必ず何かしらの影響を受け、何かしらに影響を及ぼしています。季節が寒ければ、紅葉が綺麗になり、温かければ、干し柿でさえもカビてきます。紅葉が綺麗であれば、見物人が増え、観光地が潤い、土産物屋が流行り、経済が活性します。物事は連鎖していきます。干し柿も、干してもカビてしまうなら、畑に肥料として蒔いたり、収穫しないで放置したりします。すると、鳥や微生物が喜び、小豆島では害獣とされるイノシシ、鹿、猿らも喜ぶでしょう。その恩恵によって、餌が満たされた彼らが畑を荒らすことが減るかもしれません。物質も互いに影響し合っています。

日本という国は、四季折々変化に富んだ自然の影響を受ける土地なので、自然環境の変化に人間が合わせることが昔から巧みです。地震などの天災にしても、起こってしまったものはしょうがない、今できることを考えようと思う人が、おそらく他の国の人に比べると圧倒的に多いように思います。

私はこうした流れに身を任せるスタンスが好きです。それをせき止めて、こう有るべき!というべき論を振りかざして、流れに逆行するような行為はしない方がいいと考えます。必ず別のどこかに歪みが生まれます。

 

地産地消という言葉があり、今はそれがビジネスと連動する考えのように定着していますが、本来はそれだけの意味ではなく・・・

たとえば、

寒いと大根が甘い

ということがあります。今年は暖冬だったので、地元で採れる大根が辛くて、美味しくなかった。と言う人がいるとします。でも、その辛い大根は、単に辛いから不味い、のではなく、その土地で温かい季候に合わせた成分も含有しているから、その環境の下で食べると美味しいと思えることがあります。

私たちはテレビやメディアの影響を受けすぎて、大根は甘いのが美味しい。酸っぱいミカンより甘いミカンの方が良い。などとすり込まれていることが多分にあります。それだけでなく、形が悪いものは食べない、とか、より赤いものが上等だ、とか、ここよりあそこの方が高級だ、とお取り寄せして季節外れなものを食べることに抵抗がありません。

でも、そうした思い込みがなかった昔の人は、地元の旬のものを、その時季その時季に合わせて、ちょうど良いときにいただくことが美味しいという価値観だったように思います。

「滋味豊かな」「滋味深い」という言葉は、今ではトンと使われなくなりましたが、ただ美味しいという肉体的な感覚だけでなく、精神的にも満たされる要素をひっくるめて、味わい深いという意味で、これこそが地産地消の醍醐味です。決して、ビジネス臭のする地域活性とか、食べて応援、が本来の目的ではないはずです。

自然に身を任せて、旬なものを、その土地にあった食べ方で、いただくことに喜びを感じたいものですね。

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大きな松ぼっくりに最大級の三鈷の松も発見してなんか嬉しいな。

2016-01-09 | ブログ

里山の景観

常光寺から碁石山に登る途中に竹林がいくつかある。

所有者がハッキリしていて、綺麗に整備されている竹林はとても綺麗なものだが、ほったらかしで竹雑木林と化しているところもある。

そこで、竹を切っている幾人かの集団を発見したので、車を下りて

「誰かの許可があって切ってますか?」

と問うてみた。

そこは乱獲(乱切)というか、目線の高さの切りやすいところで、切りっぱなしの竹が放置され、要らない枝はそのままそこに捨て置かれていることが多かった場所なので、そういう想いもあって、顔の表情や語気が鋭くなってしまった。

「そんな恐い顔せんといてくれ。うちらはもう何十年もここで竹をもらっている」

聞けば、地域のとんどの準備で、竹を切りに来ていた地元の人で、よく見れば知っている顔もちらほら。切った枝も持ち帰って、根元から綺麗に刈ってくれていた。

ただ、竹に詳しいおっちゃんが言うには

「見てみ。竹が花をつけた後があるから、この竹林はもうすぐ枯れるぞ。」

と、竹の花が咲いた後を見せてくれた。

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確かに、見渡してみると、確かに葉をつけた竹が少ない。元気のない植物はツタがからまるが、竹にしては珍しく、ツタが巻き付いたものも多い。

竹は地下茎なので、およそ60〜120年周期で花を咲かすらしい。そして「無性生殖だった竹林が 最期に開花することでオシベとメシベが交配をして実を結び種となって新しい竹林を作る準備をする」そうな。

碁石山に至る車道は、町道ではなく林道で、土地の所有者も短冊状に別れているため、責任を持って管理する人がいない。町の農林水産課の人に聞けば、林道全体に対する年間予算は一本あたり、一万円も無いそうで、受益者負担の名の下に、その先にある碁石山と洞雲山が個々で維持管理しないといけない。

なので、整備というほどまでも行かないが、道に出てきたり、折れて寄っかかってきたものは切って撤去している。独りで身の丈5倍ほどの竹を切っては運んで・・・の作業はかなり大変なので、みなさま、誰のものともわからない山林でも景観の保全に努めて下さい。それが小豆島に限らず、地域を守り、生活を維持することにつながります。

小豆島の場合は、遍路道が人間と獣の領域を隔てる役割もあると思うので、遍路道を整備することは、最近頓に増えてきたイノシシ対策でもあり、お遍路さんのためだけではないなぁと思いました。

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2016-01-08 | ブログ, 法話

坊主と僧侶について思うこと

坊主と僧侶って何が違うのでしょう?

 

坊主は、坊主頭と呼ばれるくらい一般的な名称なので、坊主の野球選手、坊主の学生、坊主の女の子・・・など、いろんな坊主があります。

なので、姿形としての坊主とそれ以外の坊主を分けるために、坊主=坊さんという呼び方で考えたいと思います。

坊さんは、坊さんらしい、坊さんらしくない、坊さんのくせに、さすがお坊さん・・・など、その人の人柄や性質に対しての呼び名であるように思います。

 

比して、僧侶はお経をあげて、お葬式や法事のお勤めをする人という感じです。

 

デジタル大辞泉によると

僧侶;出家して仏道を修行する人。また、その集団。僧徒。僧。

だそうです。

Wikipediaでは

(そう)は三宝の1つで、本来は「仏教の戒律を守る、男性の出家者である比丘、女性の出家者である比丘尼(びくに)の集団」である、「僧伽」(そうぎゃ、梵: संघ, saṃgha, サンガ)のこと。今日では、「僧伽に属する人々」の意である「僧侶」が転じて、個人を「僧」と呼ぶことが多いが、原義として、僧とは戒師により親しく具足戒(波羅提木叉)を授けられ、これを守る出家修行者たちの集団そのものを、集合的に指す。

僧と僧侶を分けていて、僧侶は僧の複数形のような扱いですね。

 

他にもあれこれ書いていますが、小難しい定義と、一般人の感覚が一致しないと思いますので、より端的に言って、

僧侶は出家した人

という認識でいいと思います。

出家とは、難しいことでも何でもなく、得度式という儀式を受けるだけです。なので、小学生でも幼稚園児でもなれます。

誰でも簡単に僧侶になれてしまうので、僧侶=坊さんらしい人という認識は当てはまらないことが多いと思います。

そこに修行や努力といった要素は伴いません。

坊主頭でなくても、金髪リーゼントでも、お経がちゃんと読めなくても、僧侶は僧侶で、個人の能力や人間性とは直接関係のない肩書・資格に過ぎない、と言えます。

なので、大事なのは、坊さんとしてどうあるか。

坊さんは僧呂に限らない(主観です)

私は常々、僧侶ではないけど、坊さんっぽいなぁ、という人がいると思っています。

代表的には、イチロー選手や元阪神の金本選手のように、野球選手という職でありながら、己にストイックで自分ルールに従って生きる人、がそうです。

この自分ルールは、仏教でいう戒律に近いものがあると思います。

自分に戒を持つ人。戒をもって自分を律して生きている人。たとえ僧侶ではなくても、立派な坊さんだと思います。

そういう人に憧れ、尊敬します。

 

サラリーマン時代は、背広を着た隠れ坊さんに会うことはまずありませんでした。

みんな多かれ少なかれ物欲・私欲の権化で、我がの怠惰を貪っては、金と名声が評価の基準でした。

自分を律するものがないので、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、得する方、楽な方、儲かる方に流されます。

もちろん、私もその中にどっぷり浸かって漂っていました。

高野山での修行中、堕落した僧侶にもたくさん遭いましたが、心の底から尊敬できる坊さんにも逢えました。

こういう人はサラリーマン時代には出会えなかったなぁ。

こういう人になりたいなぁ。

こういう歳のとりかたしたいなぁ。

そんな風に思えるサンプルに出逢えただけで、坊さんの世界に脚を踏み入れて良かったと思います。

 

そんなわけで、私の中での坊主と僧侶の定義は・・・

坊主:自分に戒を持つ人。戒をもって自分を律して生きている人

僧侶:単なる職業、資格

と考えています。

僧侶としてのスキル・技術を磨くことも大事だとは思いますが、坊主としてどうあるべきかにより重きをおいて生きていきたいと思います。

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2016-01-07 | ブログ

続・自己紹介

前回から時間があいてしまいましたが、自己紹介の続きを書きます。
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坊主になる前のことをもう少し書きますと、私には兄がいて、両親も健在です。
母が、常光寺の先代住職である祖父の長女で、わたしがその次男坊です。
名前は、祖父がつけました。
一般人としては珍しい「慈郎」と書いて「じろう」と呼びます。
次郞でも二郎でもない、「慈(いつく)しむ」字を使うのは、仏教の慈悲から来ているのだと思います。仏教用語では大慈大悲、慈愛、慈氏菩薩、などとかく「慈」が出てきます。
この慈郎という名前を祖父は誰かに授けたくて、それが私になりました。
祖父の唯一の息子である現住職は、檀家のお偉いさんが名付けたそうです。私以外の唯一の孫である兄は、親父がつけました。
「次、男の子が生まれてきたら慈郎にしてくれ」
というオーダーが母にあったそうで、そうして晴れて生まれてきた私にその名が収まりました。
そのお坊さんっぽい名前の孫が、巡り巡って坊主になった、というのは不思議な話です。
坊主になると言って、会社を辞めるときに、何人かの上司にも、
「だから君はそんな名前がついていたのか」
と合点されることがありましたね。
その時から、何となく縁というものがある感覚を覚えましたが、時が経つにつれ、これを仏縁と呼ばずして何と呼ぶ。と、すっかりご縁を感じています。
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また、こんな話もありました。
「あんたは、自分でここに来たと思ってるか知らんが、違うんで。お大師さまに呼ばれてここに居るんで。」
坊主になったばかりの頃、碁石山でお遍路さんに言われた言葉です。
最初は、このお婆さん何を言うんかいな。と思ったものでしたが、別のお遍路さんにも幾度となく、同じようなことを言われました。
冷静に考えて、どうしてここに居るのかな、と考えると、自分でも理由がよくわからないので、「そうか、そういうことなのか・・・」と少しずつ思うようになりました。
人に呼ばれてここに居る。となると、何だか主体性がないようで、「俺は自分で決めてここに来たんだ!」と思わないわけでもありません。もう少し若ければ大いに葛藤したかもしれません。
しかし、三十路を過ぎて歳を経てくると、呼んでもらえる、ってことの有り難みがわかるので、今では「お大師さま、お不動さま、呼んでくれてありがとう!」と思っています。
ただ、呼ばれると同時に、「もう要らんよ」と言われる感覚もあるので、そうならないように日々心掛けたいと思います。
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得度して僧侶になり、慈空という名になったのは、現住職がこの慈郎の「慈」を残してくれたからです。
常光寺の住職は、曾祖父から、實圭、實乗、實昭、實温・・・と来ていましたので、實の一字が付くのが普通ですが、私はその流れとは別に、弘法大師空海から一字いただきました。
そんなわけで慈空という名前はとても気に入っています。
とても大きな名前で、名前負けしそうですが、慈愛に満ちあふれた空のような存在を目指したいと思います。
名前の由来で話が終わってしまったので、また続・続自己紹介も書きたいと思います。
2016-01-06 | ブログ

年明け早々遍路

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今日は1年で一番寒さが厳しくなる「小寒」にあたり、これから20日の「大寒」にかけて「寒」の期間になります。
この時季に参拝することを寒参りと言いますが、1年で一番熱い時季である土用の時季と同様、ふだんのお参りよりも一層ご利益があるとされます。

それは、厳しい環境の中で、より集中してお参りすることができるからで、言うなればそれだけ良い行になるからだと思います。
確かに、余裕がない状態の方が、邪念が払われて、札所に着いただけで有り難い、感謝の気持ちを持って、お経の一音一音にも心がこもる、のは確かですからね。

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さてさて、そういうわけで卒業シーズンの3月に予定している「卒業遍路2016」の試し歩きで、歩き寒遍路をやってきました。
歩いた遍路道は、ずばり三都半島一周。西村の阿弥陀寺から、池田の明王寺まで、段山の風穴庵経由でぐるり18kmの行程を歩きました。
去年から続く暖冬のせいで、寒過ぎないお遍路日和でしたので、気候的にはとても歩きやすかったのですが、距離が長かったので疲れました。
でも、何というか悪い疲れではなく、心地良い疲労感がある感じだったので、行程はそのままで、この素晴らしいコースを、今度は卒業する子供たちと一緒に歩きたいと思います。

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参加者は、卒業遍路を当日手伝ってくれるスタッフがほとんどで、学校の先生も一人来てくれたのですが、みんな子供たちにいい思い出を作ってあげたい愛に溢れ、前向きにアイデアを出してくれて、とても嬉しかったです。

いい遍路行、もとい卒業の思い出になること間違いなし!と思いました。

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最後の方で、疲れてハイテンションになっていたのか、池田の長勝寺で、仏名会の五体投地を100礼(立って土下座して、のスクワットのような礼拝を100回)しよう!卒業のいい思い出になる!!とか盛り上がったりしましたが、全部終わって冷静になって「止めとこっか」と判断できたのは、けっしてスタッフが体力の落ちたオッサン、オバハンなのではなく、子供たち想いの優しいお兄さん・お姉さんだったからだと思います(笑)。

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