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2016-01-07

続・自己紹介

前回から時間があいてしまいましたが、自己紹介の続きを書きます。
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坊主になる前のことをもう少し書きますと、私には兄がいて、両親も健在です。
母が、常光寺の先代住職である祖父の長女で、わたしがその次男坊です。
名前は、祖父がつけました。
一般人としては珍しい「慈郎」と書いて「じろう」と呼びます。
次郞でも二郎でもない、「慈(いつく)しむ」字を使うのは、仏教の慈悲から来ているのだと思います。仏教用語では大慈大悲、慈愛、慈氏菩薩、などとかく「慈」が出てきます。
この慈郎という名前を祖父は誰かに授けたくて、それが私になりました。
祖父の唯一の息子である現住職は、檀家のお偉いさんが名付けたそうです。私以外の唯一の孫である兄は、親父がつけました。
「次、男の子が生まれてきたら慈郎にしてくれ」
というオーダーが母にあったそうで、そうして晴れて生まれてきた私にその名が収まりました。
そのお坊さんっぽい名前の孫が、巡り巡って坊主になった、というのは不思議な話です。
坊主になると言って、会社を辞めるときに、何人かの上司にも、
「だから君はそんな名前がついていたのか」
と合点されることがありましたね。
その時から、何となく縁というものがある感覚を覚えましたが、時が経つにつれ、これを仏縁と呼ばずして何と呼ぶ。と、すっかりご縁を感じています。
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また、こんな話もありました。
「あんたは、自分でここに来たと思ってるか知らんが、違うんで。お大師さまに呼ばれてここに居るんで。」
坊主になったばかりの頃、碁石山でお遍路さんに言われた言葉です。
最初は、このお婆さん何を言うんかいな。と思ったものでしたが、別のお遍路さんにも幾度となく、同じようなことを言われました。
冷静に考えて、どうしてここに居るのかな、と考えると、自分でも理由がよくわからないので、「そうか、そういうことなのか・・・」と少しずつ思うようになりました。
人に呼ばれてここに居る。となると、何だか主体性がないようで、「俺は自分で決めてここに来たんだ!」と思わないわけでもありません。もう少し若ければ大いに葛藤したかもしれません。
しかし、三十路を過ぎて歳を経てくると、呼んでもらえる、ってことの有り難みがわかるので、今では「お大師さま、お不動さま、呼んでくれてありがとう!」と思っています。
ただ、呼ばれると同時に、「もう要らんよ」と言われる感覚もあるので、そうならないように日々心掛けたいと思います。
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得度して僧侶になり、慈空という名になったのは、現住職がこの慈郎の「慈」を残してくれたからです。
常光寺の住職は、曾祖父から、實圭、實乗、實昭、實温・・・と来ていましたので、實の一字が付くのが普通ですが、私はその流れとは別に、弘法大師空海から一字いただきました。
そんなわけで慈空という名前はとても気に入っています。
とても大きな名前で、名前負けしそうですが、慈愛に満ちあふれた空のような存在を目指したいと思います。
名前の由来で話が終わってしまったので、また続・続自己紹介も書きたいと思います。
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