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2016-01-14

続・続自己紹介

自己紹介の続きです。

前回(続・自己紹介)

前々回(あらためて自己紹介)

SRGB8323

人生何事も無駄なものは無い

と言われます。

僧侶になる前は、システムエンジニア(以下SE)というコンピューターを専門にする仕事をしていました。

お経、袈裟、数珠、坊主頭、衣、寺、信仰・・・

ノートパソコン、ハードディスク、プログラミング、システム開発、サーバー、データセンター・・・

思いつく単語を並べても、共通点は少なそうで、潰しが利かない転業の代表のように思われます。

しかし、似ていることや補い合えることもいっぱいあって、僧呂とSEの組み合わせは最強なのではないか、とすら感じています。(細かくは後日書きます

専門的なことでなくても、ネット通販の選び方、ヤフオクなど個人売買のノウハウ、海外個人輸入の経験など、日々の生活で役立つことは、SE時代に息を吸うように行っていた何でも無い所作です。

昨年レンタルサーバーを引っ越した時も、業者に高額な金を払って移行作業を依頼せずともできましたし、いろんな面で節約につながっています。

で、そのレンタルサーバーの引っ越し、ブログの新設を行った際に、40を迎える自分がこれからどう生きていくか、ということを考えました。

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40歳を前に自分がこれからどう生きていくか考えた

どうしてそのタイミングかと言うと・・・

過去のWebサイトやブログは正直ほったらかしで、そこに時間も労力もかける気がありませんでした。疎かにしようと思って作ったわけではなかったのですが、他のことの優先順位に比べて明らかに低かった。しかし、あえてリニューアルするからには、そこにしっかりウェイトを置いて、やっていかないとそれこそ無駄でしかないと思ったからです。

だから、これまで培ってきたデジタルな自分と、僧呂としての小豆島で生きるアナログな自分の立ち位置について、改めて考えました。

まぁ、デジタルな自分といっても、Webサイトの管理とブログの更新をどうするか、ってのがほぼ全てですが、ブログに関しては、碁石山と常光寺と歩き遍路通信てくてくと小豆島クリエイティブという4つを管理していて、常光寺は妻に委ねているので、実質は3つ。しかし、そのどれも疎かになってます。

仕事があり、子育てがあり、地域の活動があり、僧呂以外の会や活動があり、写真や動画などの趣味があり、それで手一杯。と決めてかかっていたのですが、本当にそうなのか?と。

仕事とプライベートと趣味。それらをどうバランスとって、何をあきらめ何を選ぶか?という発想にとらわれていました。

考えれば考えるほど・・・

つまらん

やりたいなら全部やったらええやん。やっていくうちに、続かないものはやりたくないことだろうと割り切ることにします。

自己満足の陶酔だったら、やりたい、やりたくないの前に、やめておいた方がいいと思うけど、必要だけど他にやる人がいないこと。自分がやればその需要に応えられ、人の役に立てることならやる価値はあるだろうと思います。

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欲深さを否定しない

要は欲深いのだろうと思います。

欲深いヤツ=煩悩の塊=坊さんの真逆にある者

というのが一般常識です。その点からすると一番まずいヤツです。

でも、その欲深さが、自分の中で完結していなければいいのではないか。

欲は欲でも一番良くない欲のことを我欲(がよく)と呼び、これは即ち煩悩と同義でしょう。別名、私利私欲ですね。

逆に欲の中でも大欲(たいよく)と呼ばれる、悟りを求める心は、仏教では否定されません。すなわち欲=悪ではないわけです。

とは言え、人間我欲を捨て去ることはとても難しい。我欲の中には子孫を残したいとか、食欲や睡眠欲、生理的な欲まで含むわけなので、人間の存在理由に抗う側面も持ちます。

なので、私のような未熟者は、他人の需要に自己の欲をくっつけて実現してしまおうと考えました。自己完結な欲が我欲であれば、誰かと共有できる欲にしよう!ということです。自分以外の少なくとも一人がハッピーにならない欲は捨てる。

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いろんな活動の原動力

移住者と地域をつなぐ活動をライフワークとして行っています。

もともと私も大阪から移住してきた身で、苦労してきたことが多々あったので、移住者に関する需要のいくつかを誰もケアしていないことを経験して知っていました。

それを誰もやらないので、自分が奉仕としてやってあげよう!と言うわけではなく・・・小豆島に面白い人が増えて欲しい。その面白い連中と真っ先に知り合いになれたら嬉しい。教えてもらえることも多いだろうし、その家族がウチの妻や子供と仲良くなってくれたらもの凄く嬉しいし、子供の数が増えるだけでも嬉しい。

情けは人のためならず。その人が地域の一員になって、地元を豊かにしてくれたら、巡り巡って間違いなく自分に返ってくる。田舎はそれが特にわかりやすいのでやり甲斐があります。

自己犠牲の精神で「やってあげる」意識だと、疲れるし、お金もらわんとやってられんわー!と長続きしないのが目に見えている。何事も自分事にしないと、無責任だし、楽しくありません。

この考え方は自分のベースにあって、いろんな活動の原動力になっています。

究極はすべて自分ごと。それをしっかり認識した上で、自分のためなんだけど、他人の喜びや需要と共存していることが大事。人は人に認められたり、評価されることが一番心の反応が大きいのだから、自分ごとをやって自己完結するよりも、他の人も喜んでくれたら尚嬉しいわけです。要はその快感の虜になってしまったのかもしれませんが、その欲を否定せず、ちょっとはマシな方向へ導いてやらないと逆にストレスになるし、卑しくもあります。

30代になって、坊主になって、自分にスポットが当たらなくても、多少の持ち出しや協賛という名の物品の提供が発生したとしても、家に帰って淹れ立てのコーヒーをすすりながら、人知れず「ヨシッ!」と喜べる夜を過ごせるおっさんになってきました。40代に突入しても、しばらくはそんな感じであれたらいいな、と思います。

 

3回にわたってお届けした自己紹介(なのか?!)シリーズも今回で終わりです。

久しぶりに自己を振り返って書くというのは、恥ずかしいようで、自己分析にもなっていいですね。というか、文字に書き起こす効果を早くも感じ始めています。

SRGB8315

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