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2018-01-15

とんどをやりました

毎年恒例のとんど。地域によっていろんな呼び方がありますが、小豆島は共通して”とんど”です。

本坊の常光寺がある小豆島町苗羽(のうま)空条(そらんじょ)地区のとんどは、14日 早朝6時開始でした。

小豆島の中でも、旧池田町エリアなど、開催されない地区もあるようです。二十四の瞳の映画村がある田ノ浦地区など、観光客向けに日中行う場所もあります。

そういう点で、苗羽のとんどは、地元に根ざしたごくスタンダードな風習と言えると思います。

とんどの準備は年始の日曜日に行われるので、出仕できないことが多いのですが、山を開けて、お遍路さんの動きがないことを確認して、下山して少し手伝うことができました。

どこもそうですが、準備をする地元民がみな高齢化して、そのノウハウを私たち若輩世代が継承しておかないと、あっという間に廃れてしまいます。

その場に居た若い衆が、ごく僅かなことを考えると、短い時間でも自分が手伝うことが大事だと思います。地区の活動は何事も。

 

備忘録的に、準備作業の流れを書くと

① まっすぐのシャンとした背の高い杉を確保する(これがとんどのサイズを決める)

② 付け木として、乾燥させた笹を用意しておく(トロ箱も用意する)

③ ある程度の太さの竹とバベを軽トラ3杯分くらい採ってくる(青い生木)

④ 杉を中心に据え、竹を3本支えに、そえぞれを番線縛って、骨組みを作り、その周辺をバベの枝や竹で補強する。

⑤ 周辺は、枝打ちした竹で囲い、縄で縛る

⑥ 見栄えがするように、四方から枝や笹バランスを見て、形を整える

⑦ 正月飾りや古札を付けていく

⑧ 当日燃やし尽くす

生木や竹を入れるのは、パチパチ、パンパンと景気の良い音がなるから。とんどで燃えた灰は御利益があるとされ、風向きによって家に降り注ぐのも、掃除は大変なれど有り難いと感謝するべき。

年によって、お寺は灰まみれになったり、まったく落ちてこなかったりする。

今年は、同日の夜に「御日待ち」があるので、掃除が間に合うのか?がお寺の人間のもっぱらの懸念事項だった。

 

さて、迎えた当日の朝は、風も無く、寒すぎない、まさにとんど日和でした。

6時になって、「そろそろいこか〜」的な雰囲気で、みなが動き出し、ゆるやかに、徐に、点火され、見事な炎が上がりました。

毎年見るとんどなれど、なんかいつもメンバーで、知った顔の面々が、醸す雰囲気が心地良くて、自分もこの土地の一員にちょっとずつ成ってきてるんだな、というのを実感する。とんどに限らず、地域の年中行事の度に、それは思うというか、その土地に生きている実感というか、まぁ有り難いことです。

時間が経つにつれ、子供たちの姿も多くなり、お楽しみのお餅タイム。

各家それぞれに、餅の種類やサイズ、数、焼く網の形、土台の石、アルミホイル使う使わない、火箸、諸々が統一感無く、それでいて目的は同じというのがとても面白い。

大林家としては、正月の鏡餅が大量にあるので、最初何年かは大きな塊を大量に持ってきていたが、何もとんどで全て消費しなくてもいいことに気づいて、今年は小さく刻んだモノを極小量持ってくるようにしている。

あ、そうそう。とんどでお餅を食べるのは、とんどの炭で焼いたモノを口に入れるのもまた御利益があるとされるからで、餅に限らず、焼きみかんとかでも十分有り難い。餅さえ焼けば、子ども会の当番の方が、ぜんざいの汁を用意してくれており、それに入れれば、美味しい熱々のおしるこができあがる。

聞いた話によると、ぜんざいの汁が用意されず、各自餅を持ち帰って、家でおしるこにするところもあるらしいとか。それは面倒だし、その場で食べないと雰囲気でないやん!という苗羽の常識は、限られた特権だと知った。有り難い。

そんなわけで、今年も無事とんどを厳修することができ、無病息災の餅を家族で頬張ることができ、とんどの灰もほどほどにお寺に降り注いで、1年を安寧に乗り切ることができそうな気がしました。

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