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2018-02-06

不動明王と浪切不動明王の違い

行場の浪切さん

碁石山の不動明王さまは、浪切不動明王と呼ばれ、頭に「浪切」が付いています。

恥ずかしながら、坊さんになった当初は、てっきり別の仏様だと思っていました。

だって、観世音菩薩の頭に、「千手」とか「十一面」とか「如意輪」とか付くと、別の仏様になるでしょ。

しかし、浪切不動明王の場合は、特別「浪切」の功徳もある不動明王さまですよ、って感じです。

浪切の功徳とは、ずばり「海上安全」ということです。

もともとの由来は・・・

弘法大師空海が、密教の勉強をするため、遣唐使の船に乗って、東シナ海を渡り中国へ向かっていた時に、嵐に見舞われ、船が沈没しそうになりました。その度に自身で彫った不動明王像を掲げ、不動真言を唱えられました。すると、船を飲み込むような大浪が真っ二つに割れ、嵐をくぐり抜けて唐に辿り着くことができました。それ以来、この不動明王は、浪切不動明王と呼ばれ、弘法大師の護り仏として深く信仰されるようになりました。

その時の像は、高野山の南院に安置され、浪切不動明王の総本家とされています。

碁石山は、名も無き行者が修行をする霊峰でした。

ご本尊が在る寺院ではありませんでしたが、行場の一つ「鳳凰窟」で、護摩行をする内に、ここにいらっしゃる仏様は、海を見下ろし、海を護る浪切不動明王様が相応しい、と考えられ奉られるようになったのではないかと、されています。

左に金比羅大権現、右に波除不動明王とある

ちなみに、江戸時代に建立された碁石山入口の鳥居には、「波除不動明王」と刻まれていますので、「浪切」は「波除」でもOKということになります。しかし、浪切の方がシックリくるので、波除不動明王とはお呼びしておりません。

浪切不動明王は全国各地のお寺で奉られており、浪切不動明王講という、浪切不動尊だけを巡拝する講組織もあるようです。

どんな場所にどのように奉られているか、いずれ巡ってみたいですね。

小豆島の札所としては、碁石山の他に番外札所の藤原寺で奉られています。

小豆島でのお奉りの仕方を見てみると、海上安全の仏様だからといって、海の近くにあるわけではなく、海が見渡せる山や高台に奉られていることが多いです。海上安全の神様である金刀比羅宮の「金毘羅大権現」も、1000段以上の石段を登った先の社に奉られているとおり、日本人の精神性としては、山から見守って欲しいという願いがあるようです。

そして、その方が、海から沖に出たときでも、あの山から見護っていただいている、と認識できます。浜だとあっという間に見えなくなりますもんね。

鳳凰窟(本堂)の浪切不動明王は8頭身でスタイリッシュ

それにしても、仏様の名称は不思議です。

おかげ話から「浪切不動明王」という通称のような名前が付けられることもあれば、お軸に描かれた色で「黄不動」「青不動」等の通称のような名前が付くこともあります。ノーマルスタンダードな不動明王さまもわざわざ「大聖不動明王」と呼ばれることもあります。真言はすべて同じなので、同じ仏様扱いです。

他の仏様も、「子安観音」や「水子観音」、「延命地蔵」や「勝軍地蔵」、全然違う御利益で信仰されている仏様がいらっしゃいますが、真言は同じで、同じ仏様です。

琵琶を持った「琵琶の弁財天」と、手が八本ある「八臂弁財天」は、全然違う姿で、別の仏様としか思えなくても、同じ真言を唱える同じ仏様です。

観音様に限っては、名称と真言がそれぞれ個別に分かれる場合が多くありますが、「千手観音」と「十一面観音」それぞれ違う仏様として扱われているのに「十一面千手観音」とミックスされた仏様もいらっしゃって、真言は「千手観音」が採用されている、とか。非常に混乱します。

どれもこれも、私たち日本人のこうあって欲しいという想いと、日本古来の神と外来の仏を融合させて自分たちの好みや願いを反映させた結果であろうと思います。

よく言えば柔軟、率直に言うと、欲深さと、自分たちの都合で仏様の方を寄せてきている業の深さを感じます。

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コメント2件

 ひであき | 2018.06.20 18:03

不動明王様は大日如来の化身と言われています。私自身が通い続ける御寺に不動明王様が祀られています。御寺の受付での護摩木の申し込みです。

 admin | 2018.11.05 11:36

不動明王様に限らず、すべての仏さまは、大日如来の化身と言われていますね。
その辺りを語ると長くなりますので、また別のエントリーで書きたいと思います。

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