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2017-11-23

初めての人の歩き遍路行事「初遍路」やります!

小豆島遍路を普及させる活動をライフワークにしています。

これは生活のためでも、ビジネスのためでもあるので、取り立てて言うべきことでも、特別なことでもないです。

しかし、その一方で、お遍路企画をいろいろやる自分はなぜか目立つようです。島の中では。

なぜでしょう?

少し考えて結論を出してしまったのですが、小豆島遍路=小豆島八十八ヶ所霊場のこと=自分の寺のことではない、ということが珍しいようです。

たしかに、自分の寺の経営がままならなかったら、他のことをやってられないよね、と思います。でも、地域の世話人というか、地元の名士の方って、自分の店舗以外の業界のことや、産業全般、はたまた景観や自然保護など、やっていることは、多岐に及んでいます。どこからどこまでが仕事で、どこからが奉仕か、境界が定まっているわけではありません。

サラリーマンの人なら大抵思ってしまう「タイムカードを切って、給料が出る時間が仕事で、それ以外はサービス残業」という価値観で生きていない、ということです。自営業の人には当たり前の感覚でも、サラリーマン出身の身には、なかなかこの感覚が持てなかった。

お金は出ないけれど、道の草刈り、川掃除、自治会費を集金に行く、秋祭りで太鼓を担ぐ、のも仕事。私は入っておりませんが消防団の活動や、子供のPTA役員なんかも仕事ですね。食糧を調達するための田んぼ・畑、燃料を得るための薪作り、ももちろん仕事です。

これが小豆島の普通で田舎暮らしの常識、かと言えば、そうでもなく、地域の共同作業に全然出てこない人も大勢います。田舎だから地元の活動するのが当たり前。よそ者はその辺がなっとらん!という声高に言う人はいるけど、生粋の島っ子でもやらん人はやってないやん、というのが現実。

小豆島遍路のことを考える、実行する、というのは、どうもそういう普通じゃないことになるみたいです。

誤解して欲しくないのは、私以上に遍路道の草刈りを季節毎にやっていくれているお寺さんや、遍路宿、先達の方々、普通じゃ無い人はたくさんいます。尊敬と感謝しかありません。

だから、利害関係のある自分は、そこに心血を注ぐべきであるし、人生をかけて取り組むべき仕事だと思っています。

そう思わせてくれるものがあって良かった。シンプルにそう思います。小豆島遍路と、小豆島霊場は、本当に有り難く、誇らしい存在で、そこに堂々と関われるのは嬉しい。

 

と、前置きが長くなりました。そんな遍路の魅力に触れる入口の行事を企画しました。

その名も『初遍路』です。「初」だけあって、初めての人対象です。
初めての人に遍路のことや、小豆島遍路ならでは、のことを話そうといろいろ考えていると、とても楽しい。しかし、何度も遍路先達をやる内に初心の気持ちというのを忘れてしまっている自分に気づきます。果たして、話したいこと、伝えたいことと、初めての人が聞きたいことが合致するのか?

ふと我に返ってそんなに自信がないことに気づき、お遍路の歴史、小豆島遍路の成り立ちなぞを復習しています。それに加えて・・・

仏教徒じゃなくても信仰心なくてもいいの?

遍路備品はなくてもいいの?

どうして順番が坂手から始まるの?

小豆島の札所はなぜ順番通りでないの?

どうして札所を打つというの?

どうして鐘を打つの?

どうしてお寺に鳥居があるの?

神と仏のちがいって何?

お経の意味はわからなくてもいいの?

どうして大師堂がないの?

朱印には何の意味があるの?

どうして八十八なの?

思いついたことを現地でモノを見ながらいろいろ解説したいな、と思います。

興味のある方は是非ご参加ください。初めてじゃない人も歓迎です。

新イベント「初遍路」を開催します!

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